記事投稿日 : 2020/09/19 ひとり言

塾長のひとり言 安易な個別指導が成長を阻害する理由

一口に個別指導と言っても、そこには色々な形態の違いがあります。

授業をする位置だけ見ても、パーティションで区切られていたり、長机の横に座る形だったり、個室だったりと様々です。

そのどれが良い、どれが悪いというつもりはありません。

今回は「いかに個別指導でも使い方を誤ると成長を阻害してしまいます」というお話です。

安易な個別指導が成長を阻害する理由

個別指導は、良くも悪くも指導者が生徒個々人合わせて指導することができます。そして、目の前で生徒が困っていたら、助けたくなるのが先生というもの。

ここで注目したいのは、「助け方」です。

例えば、「先生、ここがわかりません」と目の前の生徒に言われたらどうするか。様々な方法論があるでしょう。ただ1つ言えるとしたら、先生側が安易に正解を生徒に渡してはいけないということ。

確かに、正解を渡せば、生徒は喜ぶし、その場限りの短期的な成長にはつながるでしょう。家に帰って喜んでいる子どもの話を聞いて、保護者の方の満足度も上がるかもしれません。

成長する上で本来大切なのは、生徒が思い悩む(考える)時間です。その苦しみが、人生で本当に必要な真の成長につながるのです。

その真の成長が芽を出すのは、「思い悩んだ」瞬間のもう少し先のことだから、すぐに満足感や成長は生まれません。

特に、今まで勉強が苦手だった子は、この「思い悩む」ことに慣れていません。そんな子は、まず「思い悩むこと」に慣れるために、「思い悩む」ことをたくさん経験しなければなりません。

何度も何度も、何度も何度もヒントをもらって、

何度も何度も、何度も何度も失敗をして、

何度も何度も、何度も何度も、繰り返しながら、

勉強を進めていく必要があります。こちらにも生徒本人にも根気と継続が必要です。これは決して楽しいことではありません。むしろ辛いです。そして時間がかかります。

こんな風に、「思い悩む経験を与える授業」は、ともすれば「面倒くさい授業」になります。ですから、当初は満足度が上がりにくいわけです。その子次第のところもありますが、基本的に成果もすぐには出にくいです。

我慢できない生徒も、保護者の方も、早く「正解」を渡されることを臨む場合があるでしょう。

ただ、正解を渡され続けた生徒は、自分で正解を探すことを「面倒くさい」と考えてしまう傾向が強まります。こうなってしまっては、自分で考える癖がなくなり、長期的な成長は見込めません。

それでも、塾があるうちは「正解を渡される」ことで成果が出せますが、それ以降は難しくなるでしょう。高校、大学、社会人となっていく過程で、「自分で考えられない」ということは大きなハンデになります。

だから、「先生、ここがわかりません」と言われたら、正解を渡すのではなくて、ヒントを与えて、考えさせること。僕らの仕事は、正解を与えることではなく、導いていくことです。ゴールまでの道を歩くのは、いつだって本人の役目です。

これは、勉強の内容だけでなく、勉強の仕方にもつながります。

もちろん、ある程度の基本的な指導は必要でしょう。ノートの使い方や計画の立て方などね。

ただ、いつまでも「これをやって」「ああいう風にして」「これは駄目」ではいけません。はたして自分がやっている方法が自分の目標達成に最適なものかどうかを、自分で考えさせなければいけません。

それに勉強の仕方は、勉強の内容よりも正解が見つけにくいものです。暗記方法1つとっても何がベストかは人によって異なります。一問一答の答えのように、正解がポンッと出てくるわけではありません。目標達成までの道筋は、1つではないのです。

だから、僕らも慎重にならなければなりません。自分のしてきたことや、他の子に合うものが、その子に合うとは限らないですからね。

僕らだって常に試行錯誤。常に学び、自分の中の引き出しを増やしていって、その子に合う贈り物を練りに練って渡さなければならないのです。そこにはもちろん、大きな苦しみだってあります。

でも、そんな苦しみが、人を成長させるんでしたよね。

大人も子どもも、同じです。

自分自身への戒めも込めて、安易な個別指導には注意が必要というお話でした。

本日も出雲市の個別指導塾 すずかけの木へお越しいただきありがとうございました。ときに「正解」を渡すことが適切な場合だってある。だから難しいし、だから面白い。