「おおおおおおおおおおおおお、こりゃすげーーーーーー」
乾いた大地に寝そべって、巨大な犬が寝ているのを写真に撮っている少年がいる。その服装は、どこからどう見てもこのファンタジーな世界には似合わない。ただの中3の少年である。
「これこれ、はしゃぎすぎだ、ゼロ殿。ケルベルスが起きてしまう」
彼を止めるのは、国指定一級魔術師、通称「言葉の魔導師」であるエビングウェイ。王からこの少年の御守を命じられ、半ば仕方なく少年の旅の付き添いをしている。
ここは、魔法という概念が存在するアレフガロドと呼ばれる地。そして、「勉強する」という当たり前がなくなった世界。
少年がこの世界にやってきたのは、およそ一ヶ月ほど前のことだ。
誰かの悪戯かたまたま描かれた魔方陣によって召喚された少年は、その姿の異質さから、すぐに村人たちに囲まれて、城へ連れ去られた。「え、怪しいものじゃないよ!」と必死で弁明はしたものの、村人たちは誰一人言葉が通じなかった。
城へ連れて行かれると、王様が「これを読めるかのう」と(少年から見たらただの)数学の問題を渡してきた。隣にいた数の魔導師と呼ばれる男が「王、こんな変なやつがこの魔法を唱えられるわけがありません」と笑ったので、少年はちょっとイラッとした。
渡された問題は、方程式だった。「これは我が城に代々伝わる呪文でな……」とかなんとか王様が言っている間に少年はその問題を解いて竜を召喚した。王様は目を見張った。
「これシカックンよ。初見でこの呪文を唱えられた者がこの王国に何人いよう」
王様は隣にいた数の魔導師に問うた。驚きのあまり開いた口が塞がっていなかった数の魔導師は言葉を振り絞るようにして、やっとの思いで言った。
「わ、私を含めて5人ほどですが。まさか・・・こんなことが・・・」
「うむ。やはりこの者こそ予言にあるチュウガクサンネンセイなのかもしれん」
「はい。僕中学3年生です」つい聞き慣れた言葉に反応して少年は言った。
「なんと!」驚く王。
こうして少年は少年が話す言葉が通じるエビングウェイと、自らが召喚した竜の背に乗って世界を救う旅に出たのでした。そう、勉強が当たり前でないこの世界では多くの者が言葉を話すことができない。もちろん数学なんてできない。足し算すら危うい。少年が解いた方程式は、こちらの世界ではそれこそ伝説的な代物なのだ。そして驚くことに、この世界では問題を解くということは魔法を使うということと同義らしい。
「文字の計算と方程式でできることが違うじゃろう。あれはなぜだ?なぜ方程式では分数や小数を整数にして計算することができるんじゃ?」
「ああ、それは等式の性質を使っているからだよ」
「と、トーシキの性質?」
「うーん、普通の計算とは世界が違うってこと。そうだなぁ、僕の世界とあなた達の世界のように、2つは違う世界の話ってこと」
「わかるようなわからんような……」少年とエビングウェイが話すと、こんなやり取りが続く。少年もあんまり詳しく教える気はない。だって勉強嫌いだから。
ちなみに、世界を救うと言っても、ファンタジーにありきたりな魔王と呼ばれるような存在が何処かにいるわけでもない。この世界は実に平和だった。平和な世界をどう救うというのか。というわけで、二人の当面の仕事は、平和じゃない場所を探すというなんとも平和なものだった。
「で、次はどうする?そろそろこの世界にも飽きてきたから、やることないなら帰りたいんだけど。まぁ、こっちには学校も塾もないからいいんだけどさ」
「ううむ。お、もしかしたら、あの場所で何か事件がおこっとるかもしれん」
あの場所というのは、聖地ゼノンにあるネイピア洞窟。その洞窟の入り口には守り神としてスフィンクスが配置されているという。
「お、あれがスフィンクス?でかいな」
「あやつは我々にも手に負えん謎々を出す。ただ答えはあやつ自身も知らんという。正解かどうかは洞窟の意志が判断するという言い伝えがある。うむ、何かトラブルが起きていないかと見に来たが、どうやらここも問題はなさそうだ」
「ちょっと謎々楽しそうだな」
「ゼロ殿、決して油断するな。間違えると取って食われるかもしれんぞ。さぁ、いったん城へ帰ろう」
そんな制止の言葉を無視して、二人を乗せた竜は少年の命令通りにスフィンクスの目の前に降り立った。
「なんだ小僧」今にも襲いかかってきそうな大きな口でスフィンクスが問う。
「問題出してよ」あっけらかんとした調子で少年が答える。エビングウェイはビビる。
「承知」重々しい声が地響きを呼び、辺りには雷雲が立ちこめる。降り注ぐ雷鳴。ビリビリとした緊張感の中、目の前の二人に向かってスフィンクスは問う。
「古の魔法《解の公式》を唱え、我を吹き飛ばせてみせよ」
「か…解の公式じゃと……それは我々魔導師たちの永遠の謎とも呼ばれている古の禁呪。いかん、ゼロ殿。ここは逃げましょう!」
「あ、それ、塾でやった」
「へ?」重なったスフィンクスとエビングウェイの声。
「エックスイコールニエーブンノマイナスビープラスマイナスルートビーノニジョウマイナスヨンエーシー」
「え?」
「でしょ?」
少年の周りを取り囲んだ光の輪が轟音をあげて天へと伸び、雷雲を蹴散らす。スフィンクスが吹っ飛んだ。
まだ二人の平和じゃない場所探しの旅は続く……。
本日も出雲市の個別指導塾 すずかけの木へお越しいただきありがとうございました。 続くわけがない。